So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン

昭和4年頃の伊勢 [伊勢の風景]

昭和4年頃の伊勢   

 昭和4年に発行された全国の地勢を紹介したと考えられる本の切り抜きを入手しましたので、紹介します。残念ながら奥付がありませんので詳細は不明です。写真の題名(青色)は筆者がつけました。写真の下の文章は、本に記載されているものです。解説を書いた「田中啓爾」は戦前から戦後にかけての地理学者です。なお、旧仮名遣い・旧字は筆者が改めました。このページの写真をクリックすると拡大します。

河崎から外宮方面(航空写真)
S4河崎から山田.jpg
施設名を入れた写真(筆者作)
S4河崎から山田施設入り.jpg
山田 宇治山田市の内の山田の部分である。中央を左右に貫いているのが参宮線で、左端は山田駅である。この駅は常に全国からの神宮参拝者の乗り降りによって雑沓している。神都の関門である。山田にある外宮だけでなく内宮もここから下車して参拝する。天皇皇后両陛下の御参拝の場合は外宮からはじめられ給うが例である。駅前に外宮に向かう参拝路がよく見える。その突当たりの少し右の森の中には豊受太神宮を祀った外宮がある。山は高倉山という。神域の神聖なことはいうまでもない。参拝道路の両側は、土産物店、旅館飲食店当にて賑わい所謂門前町の特色をよく発揮している。山を出てくる川は宮川で、線路は右に行けば津に達することができる。写真は北から南を見たのである。(田中啓爾)

山田駅前から外宮方面
S4山田駅前.jpg
山田駅前 写真は参宮線山田駅前市街の光景で、駅から外宮へ東南三〇〇米、内宮へ東南約六粁ある。駅前からの電車は、一線は外宮前を経て宇治橋迄、一線は二見ケ浦に至る。往事伊勢街道を諸国から来た参宮客は、古市の町に宿ったので大いに繁盛したが、鉄道参宮線が敷かれてからは、年々多数の参宮客(大正十四年神宮衛士詰所の調に依れば内宮参拝者約百二十七万、外宮参拝者百五十万に達して居る)は皆此の山田駅に於て乗降する様になったので、旅館や土産物を売る店等もこの附近に次第に増加してきて、「神都」の中心は今は全く茲に移った。(編集部)

油屋前から古市郵便局方面
S4古市.jpg
古市の街 古市は内宮のある宇治と外宮のある山田との中間に発達した街である。宇治・山田両町を連絡している道路に沿うている。全国から伊勢参りに来た客が泊まる旅館や料理店で繁盛した町である。それが、宇治山田の両町から殆ど等距離に離れている中間に発達したのがおもしろい。ところが今は宇治山田と共に合して一市となっているが、参宮客は山田に駅があり宇治へは電車で行き、それは古市の裏を通過し古市のこの町中の街道は歩く人が著しく少なくなってきた。然し昔を偲ぶ宏壮な木造の宿屋は未だ残っていて二階も下も格子戸で油屋の看板も趣がある。山田駅前の比べると今昔の感に堪えない。(田中啓爾)
現在の様子
DSC07077.JPG
 左端下に「油屋跡」の石碑があります。

nice!(2)  コメント(2) 
共通テーマ:地域

nice! 2

コメント 2

常盤万作

施設名を入れた写真をSNSで使用させて下さい
by 常盤万作 (2017-12-31 11:45) 

jyugemu

常盤万作さん明けましておめでとうございます。
どうぞご利用ください。
by jyugemu (2018-01-01 11:23) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント