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十五楼 [伊勢の風景]

十五楼  

 尾上町にあった旅館「十五楼」を紹介します。

更新履歴
 平成22年12月 8日 現在の様子・庭園 追加
 平成29年 8月20日 奥庭 追加

旅館(勅使齋館)十五楼 (電話長五六)
十五楼.jpg
『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』明治44年12月28日発行
(画像をクリックすると拡大します)

 野村可通『伊勢の古市あれこれ』によると、十五楼は通称「五二会道」のすぐ南(jyugemu注古市街道から青葉台団地に上がる道・現在の三重県真珠のあたり)にあり隆盛を極めましたが、大正期に衰退し再興を図り一誉坊墓地北側に移転しました。しかし、再建がかなわなかったそうです。
 写真の掲載されている『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』の尾上町の説明文には「虎尾山山上に五二会ホテルあり、山下に勅使齋館なる十文字屋あり」とあります。井沢武『伊勢みやげ旅寝之友』(明治23年)には「十文字屋(黒部かね)は十五とて第一位の上等旅館にして、毎年、御勅使の宿泊所なり、国道の右側にあり」とあります。また、坂本広太郎『伊勢参宮案内記』(明治39年)には「十五楼 勅使参向の定宿、清潔な上品なことは、何よりの証拠」とあります。従って、元は「十文字屋」と称していましたが、明治中期以降「十五楼(勅使齋館)」と呼ぶようになったようです。尾上町在住のO様のお話では、戦後もその場所の建物を「齋館」と呼んだことがあったそうです。
 門柱右側奥に写っている建物が五二会ホテルだと思われます。
 現在の様子を紹介します。(12月8日 写真掲載)
NEC_0003.JPG
平成22年11月28日jyugemu撮影

次に庭園の写真を紹介します。
伊勢山田旅館十五楼庭園 (長電話一五六番)
十五楼庭園.jpg
(画像をクリックするとほぼ原寸大に拡大します)
 電話番号が三桁になっていますので、先に紹介したものより新しい時代のものです。
(12月8日追記)
11月28日尾上町のO様に現地をご案内いただきました。この写真建物奥の石組みは、現在も残っているものによく似ていました。

平成29年8月20日追記
新たに奥室の絵はがきを入手しましたので掲載します。
伊勢山田旅館十五楼奥室 (長電話一五六番)
十五楼奥室.jpg
原寸 縦約9㎝×横約14㎝
上記の庭園と同じ表記ですので、同じ時代のものかもしれません。

参考文献
野村可通『伊勢の古市あれこれ』
       昭和51年3月 三重県郷土資料刊行

井沢武  『伊勢みやげ旅寝之友』
       明治23年4月 川島文化堂
坂本広太郎『伊勢参宮案内記』
       明治39年11月 交通益社
※『伊勢みやげ旅寝之友』『伊勢参宮案内記』は国立国会図書館『近代デジタルライブラリー』にて閲覧をいたしました。 

取材ご協力
伊勢市尾上町在住、尾上町の歴史研究家 O様


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宇仁館別館 千秋楼 [伊勢の風景]

宇仁館別館 千秋楼 

※平成29年8月10日新たな絵葉書を入手しましたので加筆します。

 八日市場にあった宇仁館別館の「千秋楼」を紹介します。このページの絵葉書をクリックするとほぼ原寸に拡大します。今回は、アプリ「伊勢ぶらり」を使用してみました。(詳細はこちらをクリックしてください)古地図と、現在地との比較が容易で、歴史探訪にはとても便利なアプリです。
 宇仁館発行のチラシには、「同(筆者注:宇仁館)別営千秋楼八日市場に有り。(外宮より西4丁)料理兼営にして関西に有名なる大建築にして、大広間二百畳敷・百畳敷きを始め大小十数室を有し、庭園には樹木多く幽邃閑雅にして離れ座敷より四時花の眺め良く、常に各大臣陸海軍の将星を始め貴紳の御来宿を賜う。(筆者により適宜旧漢字を改め、句読点を付しました)」とあります。

庭園より座敷を望む 千秋楼玄関
千秋楼01.jpg

千秋楼庭園の一部
千秋楼02.jpg
(以上2枚は絵画研究会印刷)

千秋楼亀の間(百畳敷)
千秋楼03.jpg

西離座敷及庭園 中庭より鶴亀両大広間を望む
千秋楼05.jpg

奥庭茶室   離座敷松竹梅の間
千秋楼04.jpg

伊勢山田割烹旅館千秋楼庭園
千秋楼06.jpg

現在の様子(平成26年1月11日撮影)
DSC01243.JPG
伊勢理容美容専門学校付近から網谷病院方面を望む

平成29年8月10日に入手した絵葉書を紹介します。

たとう
千秋楼30.jpg
千秋楼玄関
千秋楼32.jpg
 玄関の形が上で紹介したものと改造されています。『写真集 明治大正昭和 伊勢 二見 小俣』によると、左側の建物は調理場で、昭和中期のものとあります。建物左右の様子が全く異なりますので、大改造をしたのかそれとも、場所が違うのかは不明です。

千秋楼鶴の間
千秋楼33.jpg
庭園より座敷を望む  千秋楼亀の間
千秋楼34.jpg
千秋楼庭園の一部
千秋楼31.jpg


〔参考文献〕
宇仁館「伊勢神宮参拝絵図」(チラシ)
         〔吉田初三郎画・観光社印刷〕

写真集伊勢編集委員会『写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣』
              昭和61年8月  国書刊行会
〔参考HP〕
秋田耕司様「近代伊勢参宮名所図会 月夜見宮~筋違橋周辺」
           (こちらをクリックしてください)
〔参考アプリ〕
三重県環境生活部文化振興課「伊勢ぶらり」


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虎尾山見晴台 [虎尾山]

虎尾山見晴台

※平成29年8月6日、「清渓橋より虎尾山を望む」写真を追加しました。それに伴い、一部文章を訂正しました。

 皆様ご無沙汰しております。虎尾山の絵葉書を新たに入手したので紹介します。このページの画像は、クリックすると拡大します。

虎尾山見晴台より宇治山田市街の一部を望む
IMG_0001.jpg
(原寸9㎝×14㎝)
 
 これは虎尾山の中腹の広場から頂上へ上る階段から撮影したものです。中腹の広場の様子がよく分かる貴重な写真です。瓦葺きの東屋・ベンチがあります。
 また、市街中央の煙突は三重合同電気の発電所のものです。その右側少し離れたところに神都線の岩淵車庫が写っています。宇治山田駅はまだ存在しません。右下の細い煙突は錦水湯のものでしょうか?
 写真周囲の勾玉の絵はエンボス加工がなされています。
虎尾山開発前の様子
DSC05873.JPG
   平成20年1月4日、虎尾山開発直前にjyugemuが撮影したものです。現在は古絵葉書のように伊勢市街を俯瞰することが出来ます。

葉書表面
IMG_0004.jpg
 中央に「明治聖代戦役記念碑建設会発行」、下に「内閣印刷局内朝陽会製」(旧字は筆者が改めました)とあります。
 これは、次の絵葉書と同期に発行されたものです。

清渓橋より虎尾山を望む
虎尾山03.jpg
 こちらの絵はがきは、以前HP『星待月夜』で紹介されており(現在は拝見できません)、皇學館大学史料編纂所報『史料』第222号(平成21年8月)に掲載されています。
平成20年1月4日の様子
DSC05852.JPG

 今年(平成29年)に入り、この絵はがきは袋付きのセットでオークションに出ていました。この2枚のほか、記念碑の台座部分の写真があり、そこに何か書かれているようでした。入手を試みましたが、5万円以上の値段がついたため、断念しました。台座部に書かれていた文字がとても気になります。
 なお、明治聖代戦役記念碑(通称「きんとび」「ニャロメの塔」)は昭和3年4月に建設されました。


タグ:伊勢 虎尾山
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