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ペットボトルと『源氏物語』 [文学]

ペットボトルと源氏物語

 今朝、コンビニで伊右衛門焙じ茶を買いました。パッケ-ジ写真中央右側の「雁金茶入り」の「茶」のあたりに、源氏香の図が入っています。気になったので、源氏香について調べてみると「紅葉賀」でした。よいパッケージだと思います。「紅葉賀」は題名のイメージとは違って、ある意味危険なお話ですが・・・・・・。
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昔の人は言いました [文学]

昔の人は言いました

最近とても気になっていることがあります。

桜の花の散るを詠める 紀友則

久方の光のどけき春の日に
静心なく花の散るらむ
『古今和歌集』
(『新編 日本古典文学全集』小学館 平成6年)

「花の散る」とはどんなタイミングでしょうか。
満開直後、風が吹いても少しの花びらがひらひら散る時?

それとも

少しの風でも「桜吹雪」になる時?

私は前者だと思います(根拠はありません)。
このことに気づくきっかけを与えてくれた方に感謝!

これは、昨年の京都平野神社の山桜です。
〔ピントがうまく合っていませんが(^^;)〕
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石清水八幡宮 [文学]

石清水八幡宮

 これも伊勢好きのじゅげむ、年寄るまで石清水を拝まざりしかば、
 これも、伊勢好きのじゅげむの話だが、年をとるまで石清水八幡宮にお参りを
 していな
かったので
こころうくおぼえて、ただ一人、電車より詣でき。極楽寺蹟を通り、高良を
残念に思って、たった一人で電車で参拝した。極楽寺跡を通り、高良社を 
拝みて、徒歩より山の上を目指しき。約15分で本殿にたどり着きつ。
拝んで、徒歩で山の上を目指した。約15分で本殿にたどり着いた。

極楽寺跡地(頓宮)

高良社

本殿

いと寒く、雪さへちらつきたりき。展望台に行きつ。

 

とても寒く、雪までちらついていた。展望台へ行った。


展望台から京都市を望む

その昔、仁和寺の法師のえ見ざりける景色なり。
その昔、仁和寺の法師が見ることのできなかった景色である。

山を下りむとするに、少し疲れたれば、文明の利器たるケーブルカー
山を下りようとしたが、少し疲れていたので、文明の利器であるケーブルカー
に乗りぬ。そは、単線なれどトンネルの近くにすれ違い施設あり、
に乗った。それは、単線ではあるが、トンネルの近くにすれ違い施設があり、
伊勢にありける朝熊山ケーブルカーを偲ばれき。
伊勢にあった朝熊山ケーブルカーが自然としのばれた。

京阪男山ケーブル

さて、家に帰りて思ひ居るに、年ごろ思ひつることはたしき。思ひに
さて、家に帰って考えてみると、長年の念願をし遂げた。思っていた
まして尊くこそおはしけれ。そも、参りたるひとごとに祈祷を受け、弓を
以上に尊くていらっしゃった。それにしても参拝する人が皆、祈祷を受け、弓を
持ちたりきは何事かありけん。石清水の写真を撮るこそ本意なりけれと
持っていたのは何があったのだろうか。石清水八幡宮の写真を撮るのが本来
の目的だと
思ひて祈祷を受けず。いささか不信心なりけむとおぼえはべりき。
思って祈祷を受けなかった。いささか不信心だっただろうかと思いました。


 そも、兼好法師のごとく落ちをつくるはいとこそ難しかりけれ。
 それにしても、兼好法師のように落ちをつけるのはとても難しいことだなぁ。

※写真は全て、平成20年1月27日にjyugemuが撮影しました。

参考文献
兼好法師 『徒然草』 第52段 「仁和寺にある法師」

 

 


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伊勢物語 第九段 東下り 1 [文学]

『伊勢物語』第九段「東下り」に次の一節があります。

 なほゆきゆきて、武蔵の国と下総の国とのなかに、いと大きなる河あり。それをすみだといふ。その河のほとりにむれゐて、思ひやればかぎりなく遠くも来にけるかなと、わびあへるに、渡守、
 「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」
といふに、乗りて渡らむとするに、皆人ものわびしくて、京に、思ふ人なきにしもあらず。さるをりしも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。渡守に問ひければ、
  「これなむ都鳥
といふを聞きて、
 名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやとよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

この歌を詠んだ場所は、現在の白髭橋付近だと言われています。

 白髭橋


白髭橋より上流を望む            白髭橋より下流を望む

都鳥(ゆりかもめ)

 大都会東京には、当時の面影は全くありません。しかしながら、古典に出てくる場所を訪れると感慨深いものがあります。今後も古典の舞台を訪問したいと思います。なお、このページの写真は平成16年12月30日にjyugemuが撮影しました。 


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安倍晴明の遺蹟 [文学]

安倍晴明の遺蹟

 「安倍晴明ゆかりの地」というと、「清明神社」、「清明墓所」、邸宅址である「京都ブライトンホテル」が有名ですが、ちょっと違った所を紹介します。
 宇治拾遺物語に「御堂関白(藤原道長)の犬、清明ら奇特の事」という話があります。
☆前半の内容(口語訳ではありません。)☆
 藤原道長が法成寺を建立し、毎日その寺へ通っていた。その時道長は白い犬を飼っており、寺にもついて行っていた。あるとき道長が寺の門を入ろうとすると、その白犬が前に廻ってしきりに吠えた。それでも道長が寺に入ろうとすると、今度は衣の端をくわえて離さない。何かわけがありそうだというので、清明を呼んで調べさせた。清明は占いをし、「これは道長を呪咀する物が通り道に埋めてあります。これを越えるとよくありません。犬には神通力があってそれを知らせたのです。」と答えた。

  ここに出てくる「法成寺」とは藤原道長が寛仁3年(1019年)に造営を開始し翌年創立された寺です。寺域は現在の荒神口から中立売通、寺町から鴨川の範囲に比定されています。当初は無量寿院と称していましたが、治安2年(1022年)金堂供養の時「法成寺」と命名されました。阿弥陀堂・薬師堂・金堂・講堂・西北院・北東院など大規模な伽藍でした。
 『栄華物語』巻15「うたがひ」には、造営の様子が描かれています。それには、寺域の中に池を掘り、築山を築いたとあります。様々な職人が集められ、短期間で大規模な工事が行われたようです。
 また、『日本紀略』万寿元年(1028年)6月26日条には、法成寺の寺内に十五間の瓦葺きの堂を建立し、七仏薬師六観音像を安置したとあります。

 荒神口交差点から西に入り、鴨沂(おうき)高校北側のグランドの壁に「法成寺跡」の碑があります。

河原通荒神口交差点(たばこやを左に入る)

寺町通りから河原通り方向

参考文献 小林保治・増古和子校注    『宇治拾遺物語』(新日本古典文学全集)  小学館
       古代学協会・古代学研究所編 『平安京提要』             角川書店
       松村博司              『栄花物語全注釈』          角川書店
       黒板勝美編            『日本紀略』              吉川弘文館    


紫式部の遺蹟 [文学]

紫式部の邸宅跡は、現在の廬山寺境内といわれています。

廬山寺山門

山門をくぐり、左の建物から中にはいると、美しい庭があります。

庭のほぼ中央に「紫式部邸宅址」と書いてある石碑があります。この石碑は昭和40年11月28日に古代学協会が建てたものです。場所の比定は角田文衛・碑銘の揮毫は新村出だそうです。

一方、北区堀川通北大路下ル西側には紫式部の墓があります。

堀川通北大路交差点を南下すると、島津製作所の手前に入口があります。

奥に紫式部の墓があります。

ちなみに右側が小野篁の墓です。

撮影日時  廬山寺 平成17年8月26日  紫式部墓 平成15年11月22日

 


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