ペットボトルと『源氏物語』 [文学]
昔の人は言いました [文学]
桜の花の散るを詠める 紀友則
久方の光のどけき春の日に
静心なく花の散るらむ
『古今和歌集』
(『新編 日本古典文学全集』小学館 平成6年)
「花の散る」とはどんなタイミングでしょうか。
満開直後、風が吹いても少しの花びらがひらひら散る時?
それとも
少しの風でも「桜吹雪」になる時?
私は前者だと思います(根拠はありません)。
このことに気づくきっかけを与えてくれた方に感謝!
石清水八幡宮 [文学]
石清水八幡宮
これも伊勢好きのじゅげむ、年寄るまで石清水を拝まざりしかば、
これも、伊勢好きのじゅげむの話だが、年をとるまで石清水八幡宮にお参りを
していなかったので
こころうくおぼえて、ただ一人、電車より詣でき。極楽寺蹟を通り、高良を
残念に思って、たった一人で電車で参拝した。極楽寺跡を通り、高良社を
拝みて、徒歩より山の上を目指しき。約15分で本殿にたどり着きつ。
拝んで、徒歩で山の上を目指した。約15分で本殿にたどり着いた。
極楽寺跡地(頓宮)
高良社
本殿
いと寒く、雪さへちらつきたりき。展望台に行きつ。
とても寒く、雪までちらついていた。展望台へ行った。
伊勢物語 第九段 東下り 1 [文学]
『伊勢物語』第九段「東下り」に次の一節があります。
なほゆきゆきて、武蔵の国と下総の国とのなかに、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりにむれゐて、思ひやればかぎりなく遠くも来にけるかなと、わびあへるに、渡守、
「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」
といふに、乗りて渡らむとするに、皆人ものわびしくて、京に、思ふ人なきにしもあらず。さるをりしも、白き鳥の、嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず。渡守に問ひければ、
「これなむ都鳥」
といふを聞きて、
名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやとよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
この歌を詠んだ場所は、現在の白髭橋付近だと言われています。
白髭橋


白髭橋より上流を望む 白髭橋より下流を望む
都鳥(ゆりかもめ)
大都会東京には、当時の面影は全くありません。しかしながら、古典に出てくる場所を訪れると感慨深いものがあります。今後も古典の舞台を訪問したいと思います。なお、このページの写真は平成16年12月30日にjyugemuが撮影しました。
安倍晴明の遺蹟 [文学]
安倍晴明の遺蹟
「安倍晴明ゆかりの地」というと、「清明神社」、「清明墓所」、邸宅址である「京都ブライトンホテル」が有名ですが、ちょっと違った所を紹介します。
宇治拾遺物語に「御堂関白(藤原道長)の犬、清明ら奇特の事」という話があります。
☆前半の内容(口語訳ではありません。)☆
藤原道長が法成寺を建立し、毎日その寺へ通っていた。その時道長は白い犬を飼っており、寺にもついて行っていた。あるとき道長が寺の門を入ろうとすると、その白犬が前に廻ってしきりに吠えた。それでも道長が寺に入ろうとすると、今度は衣の端をくわえて離さない。何かわけがありそうだというので、清明を呼んで調べさせた。清明は占いをし、「これは道長を呪咀する物が通り道に埋めてあります。これを越えるとよくありません。犬には神通力があってそれを知らせたのです。」と答えた。
ここに出てくる「法成寺」とは藤原道長が寛仁3年(1019年)に造営を開始し翌年創立された寺です。寺域は現在の荒神口から中立売通、寺町から鴨川の範囲に比定されています。当初は無量寿院と称していましたが、治安2年(1022年)金堂供養の時「法成寺」と命名されました。阿弥陀堂・薬師堂・金堂・講堂・西北院・北東院など大規模な伽藍でした。
『栄華物語』巻15「うたがひ」には、造営の様子が描かれています。それには、寺域の中に池を掘り、築山を築いたとあります。様々な職人が集められ、短期間で大規模な工事が行われたようです。
また、『日本紀略』万寿元年(1028年)6月26日条には、法成寺の寺内に十五間の瓦葺きの堂を建立し、七仏薬師六観音像を安置したとあります。
荒神口交差点から西に入り、鴨沂(おうき)高校北側のグランドの壁に「法成寺跡」の碑があります。
河原通荒神口交差点(たばこやを左に入る)

寺町通りから河原通り方向
参考文献 小林保治・増古和子校注 『宇治拾遺物語』(新日本古典文学全集) 小学館
古代学協会・古代学研究所編 『平安京提要』 角川書店
松村博司 『栄花物語全注釈』 角川書店
黒板勝美編 『日本紀略』 吉川弘文館




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ちなみに右側が小野篁の墓です。

