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柏屋旅館(伊勢神社港へ) [伊勢の風景]

柏屋旅館(伊勢神社港へ)
 大軌参急電車の神社港を紹介する広告を紹介します。
表面
柏屋01.jpg
 現近鉄の「宮町駅」が「外宮前駅」となっています。外宮前駅の開業が昭和5年、宮町駅への改称が昭和8年ですので、その頃に制作されたと考えられます。
 なお、松阪駅の隣の「参急松江駅」は、昭和5年に開業しましたが、参急が伊勢電鉄をした後、昭和12年に現在の「松ヶ崎駅」が開業するに当たって廃止されました。
 「神社」は「かみやしろ」と読む地名です。

裏面
柏屋02.jpg
原寸:横19㎝×縦15.9㎝

 裏面には神社にある「柏屋旅館」が紹介されています。常磐万作さんから現在は休業中とのコメントを頂きました。

現在の様子 
平成30年5月26日jyugemu撮影
DSC07810.JPG
DSC07821.JPG
DSC07825.JPG

東隣は新玉湯(廃業)でした。
DSC07816.JPG


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萬金丹本舗證明 [伊勢の風景]

野間萬金丹證明  
 野間萬金丹の広告を紹介します。「萬金丹」につきましては秋田耕司様がHP『伊勢探訪記』の「秋田教方萬金丹」(こちらをクリックして下さい。)において詳しい研究成果を掲載なさっています。
 朝熊岳本舗の写真はこちらをクリックしてください。
 尾上支店の写真はこちらをクリックしてください。

野間萬金丹2.jpg

画像をクリックすると拡大します。(原寸39.1㎝×29.2㎝)
左図=尾上支店 右図=朝熊岳本舗

図の上部の文章 
ルビは( )内に入れました。また、旧字体等は適宜常用漢字に改めました。青色【 】内は筆者注です。

伊勢国朝熊岳萬金丹広告

弊家(わたくし)萬金丹は曩祖(せんぞ)徳翁宗祐(とくおうそうゆう)上座が曽(かつ)て福威智満虚空蔵尊(ふくいちまんこくうぞうそん)の霊夢(れいむ)に感(かん)し始(はじ)めて調製(しらべこしらえ)したるものにて今に二十一世五百有余(ゆうよ)年間其業(そのぎょう)を営(いとな)むものなりしが薬効(ききめ)の非凡(あらた)なるより往時(むうじ)万里小路殿の執奏(おとりつぎ)に因(よ)り畏(かしこく)も 後水尾天皇(ごみずをてんのう)の朝(ちょう)特に勅許(おゆるし)を蒙(こうむ)り例年(れいねん)禁裡(きんり)御所及ひ御宮堂上(どうじょう)方へ献上(けんじょう)し奉る吉例となりし爾来(じらい)萬金丹の名声天下に鳴(な)り普(あまね)く世上に称誉(ほめ)せられ益(ますます)弊家(わたくしかた)の繁栄を致せしは蓋(けだ)し諸(しょ)君の恩顧(ごひいき)に基因(よる)するものと深(ふか)く感銘(よろこび)に不堪(たえず)候。然(しか)るに近時(ちかごろ)諸国に於て 弊家(わたくし)調製(せいぞう)の萬金丹と詐称(いつわり)し巧(たくみ)に愛顧(ごひいき)の諸君を瞞着(まぐわし)せんとする者往々有之【これあり】。弊家(わたくしか)は祖先開業以来(せんぞより)今日に至るまで一人の売子(うりこ)若しくは行商人(であきんど)を派遣(いだ)せしこと毫(すこ)しも無之(これなく)全く奸商輩(よこし?なきひと)の欺諞(いつわり)に出るものと相信(おもう)候。就中(わけても)近頃(ちかごろ)当地(いせやまだ)に於いて同名異人(おなじなまえまぎらわしきひと)なる野間国彦なる者現(あらわ)れ萬金丹を調製(こしらえ)発売(うりだし)せり。就(つい)ては弊家(わたくし)萬金丹の義は古来世の高評(こうひょう)を受けること前途(まえにもうす)の如くにして素(もと)より薬味分量等は同日の論にあらざるを以て敢えて意に介するに足らざれども或いわ同名類似(なまえのにたる)なるより江湖(しょこく)諸君の感(まどい)を来(き)たし随(おっ)て真正(まこと)なる野間圀彦萬金丹と誤認(あやまり)せらるるを時は自他(ひとびと)の迷惑(めいわく)不少【すくなからず?】候間希(ねがわく)は愛顧(ごひいき)諸君特(とく)に朝熊岳(あさまがたけ)一番屋敷野間圀彦の番号(ばんごう)商標(めじるし)篤(とく)と御吟味(しらべ)の上御購服(おもとめ) 被下度【くだされたく】希望の至りに不堪候【たえずそうろう】。
追白
弊家義は大廟参拝(いせまいり)の諸君に対(たい)し御便利を訃(はかり)しか為め本舗の外山田尾上町十四番屋敷野間圀彦(くにひこ)支店あるのみにて旅館(やどや)其他(ほか)へ売子(うりこ)等(など)一切差出し不申候(もうさずそうろう)。又自然(しぜん)弊家の名所(なまえ)を冒(とな)えし売子等推参(まいり)致し候節は宿所姓名御糺(ただし)の上郵税先払にて御確報被下度候【くだされたくそうろう】。敬白

伊勢国朝熊岳一番屋敷
萬金丹本舗 野間圀彦(のまくにひこ)
同国尾上町十四番屋敷
            野間圀彦(のまくにひこでみせ)

右朝熊岳野間圀彦氏(みぎあさまだけのまくにひこし)は元因幡椽継続(いなばのじょうけいぞく)真正(まこと)なる本舗(ほんぽ)たるを証明す。

明治二十六年二月十九日   伊勢宇治山田町 神都徳盛会事務所

右図左上文章 
野間氏は源家の庶流にして五百有余年連綿せる旧家なり。蓋し萬金丹は曩祖徳翁が本尊の霊夢感得の脩製にて済古の【こ?】め数代施薬まて家々秘したりしを十三世宜繁翁が当時の長老に謀り元録【本文ママ】年間忝なくも勅許を蒙り売薬となし恐多くも毎年禁中及び親王方へ献上奉り爾来効験著名なるを以て当山の名産となり日本万金丹の元祖にして海内に普く知らるる霊方なり。

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昭和4年頃の伊勢 [伊勢の風景]

昭和4年頃の伊勢   

 昭和4年に発行された全国の地勢を紹介したと考えられる本の切り抜きを入手しましたので、紹介します。残念ながら奥付がありませんので詳細は不明です。写真の題名(青色)は筆者がつけました。写真の下の文章は、本に記載されているものです。解説を書いた「田中啓爾」は戦前から戦後にかけての地理学者です。なお、旧仮名遣い・旧字は筆者が改めました。このページの写真をクリックすると拡大します。

河崎から外宮方面(航空写真)
S4河崎から山田.jpg
施設名を入れた写真(筆者作)
S4河崎から山田施設入り.jpg
山田 宇治山田市の内の山田の部分である。中央を左右に貫いているのが参宮線で、左端は山田駅である。この駅は常に全国からの神宮参拝者の乗り降りによって雑沓している。神都の関門である。山田にある外宮だけでなく内宮もここから下車して参拝する。天皇皇后両陛下の御参拝の場合は外宮からはじめられ給うが例である。駅前に外宮に向かう参拝路がよく見える。その突当たりの少し右の森の中には豊受太神宮を祀った外宮がある。山は高倉山という。神域の神聖なことはいうまでもない。参拝道路の両側は、土産物店、旅館飲食店当にて賑わい所謂門前町の特色をよく発揮している。山を出てくる川は宮川で、線路は右に行けば津に達することができる。写真は北から南を見たのである。(田中啓爾)

山田駅前から外宮方面
S4山田駅前.jpg
山田駅前 写真は参宮線山田駅前市街の光景で、駅から外宮へ東南三〇〇米、内宮へ東南約六粁ある。駅前からの電車は、一線は外宮前を経て宇治橋迄、一線は二見ケ浦に至る。往事伊勢街道を諸国から来た参宮客は、古市の町に宿ったので大いに繁盛したが、鉄道参宮線が敷かれてからは、年々多数の参宮客(大正十四年神宮衛士詰所の調に依れば内宮参拝者約百二十七万、外宮参拝者百五十万に達して居る)は皆此の山田駅に於て乗降する様になったので、旅館や土産物を売る店等もこの附近に次第に増加してきて、「神都」の中心は今は全く茲に移った。(編集部)

油屋前から古市郵便局方面
S4古市.jpg
古市の街 古市は内宮のある宇治と外宮のある山田との中間に発達した街である。宇治・山田両町を連絡している道路に沿うている。全国から伊勢参りに来た客が泊まる旅館や料理店で繁盛した町である。それが、宇治山田の両町から殆ど等距離に離れている中間に発達したのがおもしろい。ところが今は宇治山田と共に合して一市となっているが、参宮客は山田に駅があり宇治へは電車で行き、それは古市の裏を通過し古市のこの町中の街道は歩く人が著しく少なくなってきた。然し昔を偲ぶ宏壮な木造の宿屋は未だ残っていて二階も下も格子戸で油屋の看板も趣がある。山田駅前の比べると今昔の感に堪えない。(田中啓爾)
現在の様子
DSC07077.JPG
 左端下に「油屋跡」の石碑があります。

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宇治山田市全図(大正12年) [伊勢の風景]

宇治山田市 附 松坂町、二見町、鳥羽町 全図 

 大正12年1月26日、東京交通社発行の地図を紹介します。ファイルサイズが大きいので分割して掲載します。原寸は横78.5㎝×縦54.5㎝です。今後現在の写真を追加していきます。

右上
宇治山田市(T12)-11.jpg
右下
宇治山田市(T12)-31.jpg
左上
宇治山田市(T12)-21.jpg
左下
宇治山田市(T12)-41.jpg
 裏面には、地図を黄色で塗った銀行・会社・工場・病医院・著名商店の写真が掲載されています。現在の様子とともに紹介します。なお、現在の様子で特記のないものは平成28年10月30日にjyugemuが撮影しました。

◇表面右上
西村塗箸卸店
西村塗箸御店.jpg
伊勢紡織会社
横浜ゴム(株)三重工場
伊勢紡織会社.jpg
こちらもクリックしてください。 
亀谷病院
亀谷病院.jpg
DSC07227.JPG
現慶友病院です。(平成29年12月29日撮影)
松田呉服店
松田呉服店.jpg

元阪酒店(一月家)
元阪酒店.jpg
IMG_4074.JPG
(平成28年11月16日撮影)
山路家具店
山路家具店.jpg
田口綿店
田口綿店.jpg
田中病院
田中病院.jpg
DSC04765.JPG
南勢銀行支店
勢南銀行支店.jpg
DSC07226.JPG
有文堂の斜め向かいです(平成29年12月29日撮影)
ムライ洋服店
ムラ井洋服店.jpg
DSC07251.JPG
ファミリーマート伊勢外宮西店付近です(平成29年12月29日撮影)
島田呉服店
島田呉服店.jpg
DSC07250.JPG
ファミリーマート外宮西店の向側、写真では信号右側です。(平成29年12月29日撮影)
神都製紙(大豐和紙工業株式会社)
神都製紙.jpg

DSC04762.JPG

DSC04761.JPG

DSC04763.JPG

 看板は旧御師龍太夫の説明です。
DSC04764.JPG
川村醤油店
(糀屋)
川村醤油店.jpg
DSC07239.JPG
(平成29年12月29日撮影)
畑病院
畑病院.jpg
DSC03412.JPG
(平成27年11月23日撮影)
◇表面右下
山田青物商会
山田青物商会.jpg
堤藍店
堤藍店.jpg

牛傳
(月夜見宮西南側)
牛傳.jpg
DSC07256.JPG
(平成29年12月29日撮影)
鈴木屋呉服店
鈴木屋呉服店.jpg
末廣楼(新道商店街)
末広楼.jpg
戸田屋(新道商店街)
戸田屋.jpg
白塚屋(新道商店街)
白塚屋.jpg
愛嬉楼(新道商店街)
愛嬉楼.jpg
山田楼(新道商店街)

山田楼.jpg
東洋紡山田工場(伊勢赤十字病院)
東洋紡山田工場.jpg
日東製氷山田営業所
日東製氷山田営業所.jpg
◇表面左上
八百権本店外宮前「せきや」西隣)
八百権本店.jpg

DSC04757.JPG

朝日館
(外宮前「せきや」)
朝日館.jpg

大和館
(外宮前「せきや」北隣)
旅館大和館.jpg
DSC04755.JPG

 「せきや」が朝日館、右側の白いビルが大和館です。大和館につきましては、こちらをクリックしてください。
宮崎館
1宮崎館.jpg

こちらをクリックしてください。
松島館
1松島館.jpg
こちらをクリックしてください。
中村館
1中村館.jpg
こちらをクリックしてください。
高千穂館
高千穂館.jpg
こちらをクリックしてください。
百五銀行支店
百五銀行支店.jpg
こちらをクリックしてください。
紙問屋青木寅蔵
紙問屋 青木寅蔵.jpg
DSC07204.JPG
キソーサイクルセンターの西側です。(平成29年12月29日撮影)
農工銀行支店
農工銀行支店.jpg
澤田塗箸問屋
沢田塗箸問屋.jpg
DSC07211.JPG
(平成29年12月29日撮影)
喜楽亭

喜楽楼?.jpg
DSC07214.JPG
現中部電力向側付近です。(平成29年12月29日撮影)
野間万金丹
野間万金丹本店.jpg
こちらをクリックしてください。
橋爪呉服店
橋爪呉服店.jpg

DSC07037.JPG
ローソン伊勢尾上町店東隣付近です(平成29年12月29日撮影)
大安
1大安.jpg
こちらをクリックしてください。
あさ吉
1あさ吉.jpg
こちらをクリックしてください。
◇表面左下
西村傘店
西村傘店.jpg
かね安さん(吹上)付近から東を望む(西村傘店付近)
DSC04788.JPG
榎本商店
榎本商店.jpg
DSC04791.JPG
この建物は現存します。
角瀬砂糖店
角瀬砂糖店.jpg
山田倉庫会社
山田倉庫会社.jpg
伊勢水産会社(河邊七種神社東側参道入口付近)
伊勢水産会社.jpg
DSC04805.JPG
黒い車の辺りが伊勢水産会社の跡です。左側には神社の鳥居が見えます。
竹内真珠商会(地図は「会社」)
竹内真珠商会.jpg
山五新問屋
山五新問屋.jpg

白木屋石油問屋
白木屋石油問屋.jpg
久住綿店
久住綿店.jpg

北新橋より南を望む
DSC04809.JPG
竹村漁網店
竹村漁網店.jpg
北新橋東側の路地
DSC04810.JPG

三重セメント会社
三重セメント会社.jpg
 
◇未確認
鉄鉱泉桜湯
鉄鉱泉桜湯.jpg

度会製紙工場
度会製紙工場.jpg

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花菱館 [伊勢の風景]

花菱館   
 宮後町にあった「花菱館」の写真を紹介します。
伊勢山田宮後町(花菱館)幸福大夫
花菱館.jpg
(原寸縦9㎝×横14㎝)
 大正元年発行の『宇治山田商工名人録』には
  (種別)     旅館
  (営業税)    38圓19銭
  (屋号又は商号) 花菱館
  (電話)     空欄
  (氏名)     幸福虎保
とあります。営業税については、山田駅前の宇仁館支店が103円85銭、中村屋が42円91銭、外宮前の宮崎館が40円35銭とあります。山田でも中堅の旅館だったと考えられます。
 『伊勢市史 近代編』によると、明治9年12月19日に三重県で起こり、愛知・岐阜両県にまで及んだ伊勢暴動によって幸福虎保の住宅が焼亡した、とあります。住宅の所在地は八日市場とありますので、明治初期は旅館と宅地は別だったのかもしれません。
 また、伊勢の郷土史研究家秋田耕司さんの『「御師」大研究中間報告』(こちらをクリックしてください)によると、「幸福虎保」は外宮御師のうち、神宮家(外宮御師の内2.1%)・権禰宜家(同6.4%)に次ぐ、三方年寄家(同10.8%)の家格だったそうです。
 なお、大正3年発行の『宇治山田商工名人録』には花菱館の記載がありませんが、理由等詳細は不明です。

〔参考文献〕

伊勢市   『伊勢市史 第4巻 近代編』   
                平成24年6月  
実業興信所 『宇治山田商工人名録』    
                大正元年・大正3年
〔参考HP〕  
秋田耕司様 『伊勢探訪記』

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聞き書き宇仁館の記憶 3 付 戦後のパンフレット [伊勢の風景]

聞き書き宇仁館の記憶 3 付 戦後のパンフレット   

 戦後に発行された宇仁館のパンフレットを入手しましたので、紹介します。画像をクリックすると拡大します。原寸はB5版です。

宇仁館チラシS30012.jpg

宇仁館チラシS30022.jpg
 表面に「近畿日本ツーリスト」とありますが、この名称になったのは昭和30年です。また、裏面地図中に「山田駅」(国鉄)とありますが、現在の「伊勢市駅」に改称されたのが昭和34年です。(いずれもウィキペディアより)従ってこの間に発行されたものだと考えられます。
 以下、宇仁館経営者の末裔の阿竹満裕様からお話しを伺ってきました。(聞き書き宇仁館の記憶1 2 と重複する内容もあります)

宇仁館

・空襲での全焼は免れた。
・館内にエレベーターが設置されていた。
・主に修学旅行生を対象に営業をしていた。
   筆者注:パンフ表面の御宿料も小学生から
書かれています。
・宇仁館食堂も併設していた。


別館弥次喜多楼(花月園)
・宇仁館本館の西隣にあった。(表面写真では右側)
 
千秋楼
宇仁館・弥次喜多楼・千秋楼の中では最も格が高い旅館であった。
・空襲での被害はなかった。
・瀟洒な作りで、釘隠しなども良質の部品を使用していた。

グリル宇仁館
宇治山田駅前の伊勢市観光文化会館の全身を「伊勢会館」とい
った。
   筆者注:昭和28年10月会館・昭和45年6月解体式
            (『伊勢市史 現代編』より)

・その西側(明倫商店街側)に「グリル宇仁館」があった。
・鉄板焼、ハンバーグなど洋食を出す店であった。
・観光文化会館建設にあたり、用地を売却した。

※ 筆者注
☆扶侶夢様よりコメントを頂きました。それをブログ本文に転載します。
 「『グリル宇仁館』の名前を今の時代に耳にするとは…懐かしくてついコメントを書いてしまいました。
 父が贔屓にしていて店のオーナーとも親しかったので、私もよく連れて行って貰いました。私が初めてステーキを食べたのが「グリル宇仁館」で、すっかり好物になってよく父にねだったものでした。洋食専門のようでしたが実はラーメンが隠れた逸品で、和風だし中華そばが主流だった当時としては斬新な鶏がらスープでした。 」

 とても貴重なコメントをくださいまして、誠に有り難うございました。

取材協力
名古屋市一社「ダイニングバー すし八丁」
店長 阿竹満裕様
応援ブログ http://sushihattyou.blog.so-net.ne.jp/ 

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十五楼 [伊勢の風景]

十五楼  

 尾上町にあった旅館「十五楼」を紹介します。

更新履歴
 平成22年12月 8日 現在の様子・庭園 追加
 平成29年 8月20日 奥庭 追加
 平成29年12月29日 現在の様子 追加

旅館(勅使齋館)十五楼 (電話長五六)
十五楼.jpg
『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』明治44年12月28日発行
(画像をクリックすると拡大します)

 野村可通『伊勢の古市あれこれ』によると、十五楼は通称「五二会道」のすぐ南(jyugemu注古市街道から青葉台団地に上がる道・現在の三重県真珠のあたり)にあり隆盛を極めましたが、大正期に衰退し再興を図り一誉坊墓地北側に移転しました。しかし、再建がかなわなかったそうです。
 写真の掲載されている『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』の尾上町の説明文には「虎尾山山上に五二会ホテルあり、山下に勅使齋館なる十文字屋あり」とあります。井沢武『伊勢みやげ旅寝之友』(明治23年)には「十文字屋(黒部かね)は十五とて第一位の上等旅館にして、毎年、御勅使の宿泊所なり、国道の右側にあり」とあります。また、坂本広太郎『伊勢参宮案内記』(明治39年)には「十五楼 勅使参向の定宿、清潔な上品なことは、何よりの証拠」とあります。従って、元は「十文字屋」と称していましたが、明治中期以降「十五楼(勅使齋館)」と呼ぶようになったようです。尾上町在住のO様のお話では、戦後もその場所の建物を「齋館」と呼んだことがあったそうです。
 門柱右側奥に写っている建物が五二会ホテルだと思われます。
 現在の様子を紹介します。(12月8日 写真掲載)
NEC_0003.JPG
平成22年11月28日jyugemu撮影
DSC07034.JPG
平成29年12月29日撮影

次に庭園の写真を紹介します。
伊勢山田旅館十五楼庭園 (長電話一五六番)
十五楼庭園.jpg
(画像をクリックするとほぼ原寸大に拡大します)
 電話番号が三桁になっていますので、先に紹介したものより新しい時代のものです。
(12月8日追記)
11月28日尾上町のO様に現地をご案内いただきました。この写真建物奥の石組みは、現在も残っているものによく似ていました。

平成29年8月20日追記
新たに奥室の絵はがきを入手しましたので掲載します。
伊勢山田旅館十五楼奥室 (長電話一五六番)
十五楼奥室.jpg
原寸 縦約9㎝×横約14㎝
上記の庭園と同じ表記ですので、同じ時代のものかもしれません。

参考文献
野村可通『伊勢の古市あれこれ』
       昭和51年3月 三重県郷土資料刊行

井沢武  『伊勢みやげ旅寝之友』
       明治23年4月 川島文化堂
坂本広太郎『伊勢参宮案内記』
       明治39年11月 交通益社
※『伊勢みやげ旅寝之友』『伊勢参宮案内記』は国立国会図書館『近代デジタルライブラリー』にて閲覧をいたしました。 

取材ご協力
伊勢市尾上町在住、尾上町の歴史研究家 O様


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宇仁館別館 千秋楼 [伊勢の風景]

宇仁館別館 千秋楼 

※平成29年8月10日新たな絵葉書を入手しましたので加筆します。

 八日市場にあった宇仁館別館の「千秋楼」を紹介します。このページの絵葉書をクリックするとほぼ原寸に拡大します。今回は、アプリ「伊勢ぶらり」を使用してみました。(詳細はこちらをクリックしてください)古地図と、現在地との比較が容易で、歴史探訪にはとても便利なアプリです。
 宇仁館発行のチラシには、「同(筆者注:宇仁館)別営千秋楼八日市場に有り。(外宮より西4丁)料理兼営にして関西に有名なる大建築にして、大広間二百畳敷・百畳敷きを始め大小十数室を有し、庭園には樹木多く幽邃閑雅にして離れ座敷より四時花の眺め良く、常に各大臣陸海軍の将星を始め貴紳の御来宿を賜う。(筆者により適宜旧漢字を改め、句読点を付しました)」とあります。

庭園より座敷を望む 千秋楼玄関
千秋楼01.jpg

千秋楼庭園の一部
千秋楼02.jpg
(以上2枚は絵画研究会印刷)

千秋楼亀の間(百畳敷)
千秋楼03.jpg

西離座敷及庭園 中庭より鶴亀両大広間を望む
千秋楼05.jpg

奥庭茶室   離座敷松竹梅の間
千秋楼04.jpg

伊勢山田割烹旅館千秋楼庭園
千秋楼06.jpg

現在の様子(平成26年1月11日撮影)
DSC01243.JPG
伊勢理容美容専門学校付近から網谷病院方面を望む

平成29年8月10日に入手した絵葉書を紹介します。

たとう
千秋楼30.jpg
千秋楼玄関
千秋楼32.jpg
 玄関の形が上で紹介したものと改造されています。『写真集 明治大正昭和 伊勢 二見 小俣』によると、左側の建物は調理場で、昭和中期のものとあります。建物左右の様子が全く異なりますので、大改造をしたのかそれとも、場所が違うのかは不明です。

千秋楼鶴の間
千秋楼33.jpg
庭園より座敷を望む  千秋楼亀の間
千秋楼34.jpg
千秋楼庭園の一部
千秋楼31.jpg


〔参考文献〕
宇仁館「伊勢神宮参拝絵図」(チラシ)
         〔吉田初三郎画・観光社印刷〕

写真集伊勢編集委員会『写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣』
              昭和61年8月  国書刊行会
〔参考HP〕
秋田耕司様「近代伊勢参宮名所図会 月夜見宮~筋違橋周辺」
           (こちらをクリックしてください)
〔参考アプリ〕
三重県環境生活部文化振興課「伊勢ぶらり」


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松島館(本町) 2 [伊勢の風景]

松島館(本町) 2 
関係ページ 松島館(本町)

 戦前、山田駅(現JR伊勢市駅)前から
外宮に向かって右側2軒目にあったのが「松島館」です。新たに5枚の絵はがきを入手しましたので紹介します。このページの写真はクリックすると拡大します。原寸は縦9㎝×横13.9㎝です。


伊勢山田駅前松島館
松島館103.jpg
 松島館1で紹介した絵はがきと比較すると、2階に看板が新設されているので、こちらの方が新しいものだと考えられます。
大広間
松島館102.jpg
 松島館1とは電灯・掛け軸が異なります。
御神木の図
松島館101.jpg
 松島館1にはない写真です。周囲には古文書も写っています。残念ながら崩し字を読むことができないため、釈文を載せることができません。
 以下は、松島館1と同じ写真です。
桜の間
松島館104.jpg
中庭
松島館105.jpg

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宇治山田市役所 [伊勢の風景]

宇治山田市役所 

 宇治山田市役所の写真を紹介します。この庁舎は明治40年9月28日に着工し、41年4月3日に竣工式が行われました。その後、昭和40年現庁舎の新築まで使用されました。


宇治山田市役所
宇治山田市役所.jpg
『伊勢神宮誌』所収 昭和2年発行ですので、それ以前の写真です。

現在の様子
DSC04496.jpg
平成28年8月28日jyugemu撮影

〔参考文献〕
伊勢市 『伊勢市史』 昭和43年3月 伊勢市役所
鈴木暢幸『伊勢神宮誌』昭和2年6月 敬神図書出版社


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