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宇治山田市全図(大正12年) [伊勢の風景]

宇治山田市 附 松坂町、二見町、鳥羽町 全図 

 大正12年1月26日、東京交通社発行の地図を紹介します。ファイルサイズが大きいので分割して掲載します。原寸は横78.5㎝×縦54.5㎝です。今後現在の写真を追加していきます。

右上
宇治山田市(T12)-11.jpg
右下
宇治山田市(T12)-31.jpg
左上
宇治山田市(T12)-21.jpg
左下
宇治山田市(T12)-41.jpg
 裏面には、地図を黄色で塗った銀行・会社・工場・病医院・著名商店の写真が掲載されています。現在の様子とともに紹介します。なお、現在の様子で特記のないものは平成28年10月30日にjyugemuが撮影しました。

◇表面右上
西村塗箸卸店
西村塗箸御店.jpg
伊勢紡織会社
横浜ゴム(株)三重工場
伊勢紡織会社.jpg
こちらもクリックしてください。 
亀谷病院
亀谷病院.jpg
松田呉服店
松田呉服店.jpg

元阪酒店(一月家)
元阪酒店.jpg
IMG_4074.JPG
(平成28年11月16日撮影)
山路家具店
山路家具店.jpg
田口綿店
田口綿店.jpg
田中病院
田中病院.jpg
DSC04765.JPG
南勢銀行支店
勢南銀行支店.jpg
ムライ洋服店
ムラ井洋服店.jpg
島田呉服店
島田呉服店.jpg
神都製紙(大豐和紙工業株式会社)
神都製紙.jpg

DSC04762.JPG

DSC04761.JPG

DSC04763.JPG

 看板は旧御師龍太夫の説明です。
DSC04764.JPG
川村醤油店
(糀屋)
川村醤油店.jpg
畑病院
畑病院.jpg
DSC03412.JPG
(平成27年11月23日撮影)
◇表面右下
山田青物商会
山田青物商会.jpg
堤藍店
堤藍店.jpg

牛傳
(月夜見宮西南側)
牛傳.jpg

鈴木屋呉服店
鈴木屋呉服店.jpg
末廣楼(新道商店街)
末広楼.jpg
戸田屋(新道商店街)
戸田屋.jpg
白塚屋(新道商店街)
白塚屋.jpg
愛嬉楼(新道商店街)
愛嬉楼.jpg
山田楼(新道商店街)

山田楼.jpg
東洋紡山田工場(伊勢赤十字病院)
東洋紡山田工場.jpg
日東製氷山田営業所
日東製氷山田営業所.jpg
◇表面左上
八百権本店外宮前「せきや」西隣)
八百権本店.jpg

DSC04757.JPG

朝日館
(外宮前「せきや」)
朝日館.jpg

大和館
(外宮前「せきや」北隣)
旅館大和館.jpg
DSC04755.JPG

 「せきや」が朝日館、右側の白いビルが大和館です。大和館につきましては、こちらをクリックしてください。
宮崎館
1宮崎館.jpg

こちらをクリックしてください。
松島館
1松島館.jpg
こちらをクリックしてください。
中村館
1中村館.jpg
こちらをクリックしてください。
高千穂館
高千穂館.jpg
こちらをクリックしてください。
百五銀行支店
百五銀行支店.jpg
こちらをクリックしてください。
紙問屋青木寅蔵
紙問屋 青木寅蔵.jpg
農工銀行支店
農工銀行支店.jpg
澤田塗箸問屋
沢田塗箸問屋.jpg
野間万金丹
野間万金丹本店.jpg
こちらをクリックしてください。
橋爪呉服店
橋爪呉服店.jpg

大安
1大安.jpg
こちらをクリックしてください。
あさ吉
1あさ吉.jpg
こちらをクリックしてください。
◇表面左下
西村傘店
西村傘店.jpg
かね安さん(吹上)付近から東を望む(西村傘店付近)
DSC04788.JPG
榎本商店
榎本商店.jpg
DSC04791.JPG
この建物は現存します。
角瀬砂糖店
角瀬砂糖店.jpg
山田倉庫会社
山田倉庫会社.jpg
伊勢水産会社(河邊七種神社東側参道入口付近)
伊勢水産会社.jpg
DSC04805.JPG
黒い車の辺りが伊勢水産会社の跡です。左側には神社の鳥居が見えます。
竹内真珠商会(地図は「会社」)
竹内真珠商会.jpg
山五新問屋
山五新問屋.jpg

白木屋石油問屋
白木屋石油問屋.jpg
久住綿店
久住綿店.jpg

北新橋より南を望む
DSC04809.JPG
竹村漁網店
竹村漁網店.jpg
北新橋東側の路地
DSC04810.JPG

三重セメント会社
三重セメント会社.jpg
◇地図掲載なし
喜楽?岩淵
喜楽楼?.jpg
◇未確認
鉄鉱泉桜湯
鉄鉱泉桜湯.jpg

度会製紙工場
度会製紙工場.jpg

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聞き書き宇仁館の記憶 3 付 戦後のパンフレット [伊勢の風景]

聞き書き宇仁館の記憶 3 付 戦後のパンフレット   

 戦後に発行された宇仁館のパンフレットを入手しましたので、紹介します。画像をクリックすると拡大します。原寸はB5版です。

宇仁館チラシS30012.jpg

宇仁館チラシS30022.jpg
 表面に「近畿日本ツーリスト」とありますが、この名称になったのは昭和30年です。また、裏面地図中に「山田駅」(国鉄)とありますが、現在の「伊勢市駅」に改称されたのが昭和34年です。(いずれもウィキペディアより)従ってこの間に発行されたものだと考えられます。
 以下、宇仁館経営者の末裔の阿竹満裕様からお話しを伺ってきました。(聞き書き宇仁館の記憶1 2 と重複する内容もあります)

宇仁館

・空襲での全焼は免れた。
・館内にエレベーターが設置されていた。
・主に修学旅行生を対象に営業をしていた。
   筆者注:パンフ表面の御宿料も小学生から
書かれています。
・宇仁館食堂も併設していた。


別館弥次喜多楼(花月園)
・宇仁館本館の西隣にあった。(表面写真では右側)
 
千秋楼
宇仁館・弥次喜多楼・千秋楼の中では最も格が高い旅館であった。
・空襲での被害はなかった。
・瀟洒な作りで、釘隠しなども良質の部品を使用していた。

グリル宇仁館
宇治山田駅前の伊勢市観光文化会館の全身を「伊勢会館」とい
った。
   筆者注:昭和28年10月会館・昭和45年6月解体式
            (『伊勢市史 現代編』より)

・その西側(明倫商店街側)に「グリル宇仁館」があった。
・鉄板焼、ハンバーグなど洋食を出す店であった。
・観光文化会館建設にあたり、用地を売却した。

※ 筆者注
☆扶侶夢様よりコメントを頂きました。それをブログ本文に転載します。
 「『グリル宇仁館』の名前を今の時代に耳にするとは…懐かしくてついコメントを書いてしまいました。
 父が贔屓にしていて店のオーナーとも親しかったので、私もよく連れて行って貰いました。私が初めてステーキを食べたのが「グリル宇仁館」で、すっかり好物になってよく父にねだったものでした。洋食専門のようでしたが実はラーメンが隠れた逸品で、和風だし中華そばが主流だった当時としては斬新な鶏がらスープでした。 」

 とても貴重なコメントをくださいまして、誠に有り難うございました。

取材協力
名古屋市一社「ダイニングバー すし八丁」
店長 阿竹満裕様
応援ブログ http://sushihattyou.blog.so-net.ne.jp/ 

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十五楼 [伊勢の風景]

十五楼  

 尾上町にあった旅館「十五楼」を紹介します。

更新履歴
 平成22年12月 8日 現在の様子・庭園 追加
 平成29年 8月20日 奥庭 追加

旅館(勅使齋館)十五楼 (電話長五六)
十五楼.jpg
『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』明治44年12月28日発行
(画像をクリックすると拡大します)

 野村可通『伊勢の古市あれこれ』によると、十五楼は通称「五二会道」のすぐ南(jyugemu注古市街道から青葉台団地に上がる道・現在の三重県真珠のあたり)にあり隆盛を極めましたが、大正期に衰退し再興を図り一誉坊墓地北側に移転しました。しかし、再建がかなわなかったそうです。
 写真の掲載されている『宇治山田市及鳥羽町付近新地図』の尾上町の説明文には「虎尾山山上に五二会ホテルあり、山下に勅使齋館なる十文字屋あり」とあります。井沢武『伊勢みやげ旅寝之友』(明治23年)には「十文字屋(黒部かね)は十五とて第一位の上等旅館にして、毎年、御勅使の宿泊所なり、国道の右側にあり」とあります。また、坂本広太郎『伊勢参宮案内記』(明治39年)には「十五楼 勅使参向の定宿、清潔な上品なことは、何よりの証拠」とあります。従って、元は「十文字屋」と称していましたが、明治中期以降「十五楼(勅使齋館)」と呼ぶようになったようです。尾上町在住のO様のお話では、戦後もその場所の建物を「齋館」と呼んだことがあったそうです。
 門柱右側奥に写っている建物が五二会ホテルだと思われます。
 現在の様子を紹介します。(12月8日 写真掲載)
NEC_0003.JPG
平成22年11月28日jyugemu撮影

次に庭園の写真を紹介します。
伊勢山田旅館十五楼庭園 (長電話一五六番)
十五楼庭園.jpg
(画像をクリックするとほぼ原寸大に拡大します)
 電話番号が三桁になっていますので、先に紹介したものより新しい時代のものです。
(12月8日追記)
11月28日尾上町のO様に現地をご案内いただきました。この写真建物奥の石組みは、現在も残っているものによく似ていました。

平成29年8月20日追記
新たに奥室の絵はがきを入手しましたので掲載します。
伊勢山田旅館十五楼奥室 (長電話一五六番)
十五楼奥室.jpg
原寸 縦約9㎝×横約14㎝
上記の庭園と同じ表記ですので、同じ時代のものかもしれません。

参考文献
野村可通『伊勢の古市あれこれ』
       昭和51年3月 三重県郷土資料刊行

井沢武  『伊勢みやげ旅寝之友』
       明治23年4月 川島文化堂
坂本広太郎『伊勢参宮案内記』
       明治39年11月 交通益社
※『伊勢みやげ旅寝之友』『伊勢参宮案内記』は国立国会図書館『近代デジタルライブラリー』にて閲覧をいたしました。 

取材ご協力
伊勢市尾上町在住、尾上町の歴史研究家 O様


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宇仁館別館 千秋楼 [伊勢の風景]

宇仁館別館 千秋楼 

※平成29年8月10日新たな絵葉書を入手しましたので加筆します。

 八日市場にあった宇仁館別館の「千秋楼」を紹介します。このページの絵葉書をクリックするとほぼ原寸に拡大します。今回は、アプリ「伊勢ぶらり」を使用してみました。(詳細はこちらをクリックしてください)古地図と、現在地との比較が容易で、歴史探訪にはとても便利なアプリです。
 宇仁館発行のチラシには、「同(筆者注:宇仁館)別営千秋楼八日市場に有り。(外宮より西4丁)料理兼営にして関西に有名なる大建築にして、大広間二百畳敷・百畳敷きを始め大小十数室を有し、庭園には樹木多く幽邃閑雅にして離れ座敷より四時花の眺め良く、常に各大臣陸海軍の将星を始め貴紳の御来宿を賜う。(筆者により適宜旧漢字を改め、句読点を付しました)」とあります。

庭園より座敷を望む 千秋楼玄関
千秋楼01.jpg

千秋楼庭園の一部
千秋楼02.jpg
(以上2枚は絵画研究会印刷)

千秋楼亀の間(百畳敷)
千秋楼03.jpg

西離座敷及庭園 中庭より鶴亀両大広間を望む
千秋楼05.jpg

奥庭茶室   離座敷松竹梅の間
千秋楼04.jpg

伊勢山田割烹旅館千秋楼庭園
千秋楼06.jpg

現在の様子(平成26年1月11日撮影)
DSC01243.JPG
伊勢理容美容専門学校付近から網谷病院方面を望む

平成29年8月10日に入手した絵葉書を紹介します。

たとう
千秋楼30.jpg
千秋楼玄関
千秋楼32.jpg
 玄関の形が上で紹介したものと改造されています。『写真集 明治大正昭和 伊勢 二見 小俣』によると、左側の建物は調理場で、昭和中期のものとあります。建物左右の様子が全く異なりますので、大改造をしたのかそれとも、場所が違うのかは不明です。

千秋楼鶴の間
千秋楼33.jpg
庭園より座敷を望む  千秋楼亀の間
千秋楼34.jpg
千秋楼庭園の一部
千秋楼31.jpg


〔参考文献〕
宇仁館「伊勢神宮参拝絵図」(チラシ)
         〔吉田初三郎画・観光社印刷〕

写真集伊勢編集委員会『写真集 明治大正昭和 伊勢二見小俣』
              昭和61年8月  国書刊行会
〔参考HP〕
秋田耕司様「近代伊勢参宮名所図会 月夜見宮~筋違橋周辺」
           (こちらをクリックしてください)
〔参考アプリ〕
三重県環境生活部文化振興課「伊勢ぶらり」


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松島館(本町) 2 [伊勢の風景]

松島館(本町) 2 
関係ページ 松島館(本町)

 戦前、山田駅(現JR伊勢市駅)前から
外宮に向かって右側2軒目にあったのが「松島館」です。新たに5枚の絵はがきを入手しましたので紹介します。このページの写真はクリックすると拡大します。原寸は縦9㎝×横13.9㎝です。


伊勢山田駅前松島館
松島館103.jpg
 松島館1で紹介した絵はがきと比較すると、2階に看板が新設されているので、こちらの方が新しいものだと考えられます。
大広間
松島館102.jpg
 松島館1とは電灯・掛け軸が異なります。
御神木の図
松島館101.jpg
 松島館1にはない写真です。周囲には古文書も写っています。残念ながら崩し字を読むことができないため、釈文を載せることができません。
 以下は、松島館1と同じ写真です。
桜の間
松島館104.jpg
中庭
松島館105.jpg

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宇治山田市役所 [伊勢の風景]

宇治山田市役所 

 宇治山田市役所の写真を紹介します。この庁舎は明治40年9月28日に着工し、41年4月3日に竣工式が行われました。その後、昭和40年現庁舎の新築まで使用されました。


宇治山田市役所
宇治山田市役所.jpg
『伊勢神宮誌』所収 昭和2年発行ですので、それ以前の写真です。

現在の様子
DSC04496.jpg
平成28年8月28日jyugemu撮影

〔参考文献〕
伊勢市 『伊勢市史』 昭和43年3月 伊勢市役所
鈴木暢幸『伊勢神宮誌』昭和2年6月 敬神図書出版社


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神宮文庫入口 [伊勢の風景]

神宮文庫入口 

 倉田山、神宮文庫入口にある旧御師福島みさき太夫邸の門である「黒門」の絵はがきを紹介します。写真中央下に「倉田山風致地區」の碑が建っています。倉田山をはじめ、宇治山田に風致地区が指定されたのは、昭和11年2月6日です。よってこれ以降の写真です。

神宮文庫入口
神宮文庫入口.jpg
原寸8.7㎝×13.9㎝

現在の様子
DSC05260.JPG
平成28年11月20日 jyugemu撮影

 HP「伊勢志摩きらり千選」によると、この交差点(六叉路〔本ブログ「徴古館御幸通り3」もご覧下さい〕)は昔の大学生に「六道が辻」といわれていたそうです。古市へ向かえば色道(写真手前から古市に行く道があります)、神宮文庫の黒門は学道(神宮文庫の隣に皇學館大學があります)、松尾観音への道(黒門の前から写真右手へ坂を上る道)をとれば地獄道(むかし神宮皇學館の学生で、授業をさぼっては松尾観音へブラブラとしにゆき単位を落したという)。なお残りの3つの道は、写真右方向は内宮方面・左方向は二つに分かれており、外宮・徴古館(神宮の博物館)へ行く道です。
 「六道の辻」といえば、私は、突き当たりが南海電車と間違えたり、「念仏」を買いに行って値切ったら「びっくり念仏」や「湯念仏」を勧められる所しか知りませんが、それにしても、昔の方は洒落た名前をつけたものですね。

六道の辻別角度の写真
DSC05699.jpg
徴古館前から内宮方面を望む

〔参考文献〕
伊勢市 『伊勢市史 第4巻 近代編』   
         平成24年6月  伊勢市
〔参考HP〕
『伊勢志摩きらり千選』 
      「伊勢市倉田山『神宮文庫黒門』」

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大湊高等尋常小学校・大湊町立工業学校 新築落成記念 [伊勢の風景]

大湊高等尋常小学校・大湊町立工業学校 新築落成記念 

 大湊尋常小学校新築落成記念絵はがきを紹介します。
 平成28年8月29日に現在の写真を追加しました。

 大湊小学校は、明治7年4月21日東町の商法庫に24名の児童を集め、読み・書き・算盤を教えたのが創始とされています。昭和10年に校舎が新築され、11月17日落成式が行われました。今回紹介するのは、その際の絵はがき
だと考えられます。このページの画像は全て「絵画研究会」の発行です。原寸は長辺13.9㎝×短辺9㎝です。

新築落成記念 大湊尋常高等小学校
大湊小学校01.jpg

二階廊下       応接室
大湊小学校02.jpg

校門          奉祝
大湊小学校03.jpg
 校門看板左側には「大湊尋常高等小学校」、右側には「大湊町立工業学校」の文字が見えます。

 校門看板にある通り、大湊小学校の敷地には、明治29年に設立された「大湊工業補習学校」の流れをくむ「大湊町立工業学校」がありました。造船科・機械科・木材工芸科があり修業年限はそれぞれ3年でした。

新築落成記念 大湊町立工業学校校舎
大湊町立工業学校.jpg

 これら4点の絵はがきは同業者から同時に購入したものですが、同じたとう(袋)に入っていたかどうか等、詳細は不明です。表面の印刷や、紙質は同じですので、一括して発行されたものとも思われます。もし、そうであるならば小学校・工業学校共に新築されたと考えられます。

 平成28年8月27日に現在の大湊小学校の写真を撮りに行きました。伊勢市駅から自転車で約30分で着きました。

西側入口
DSC04530.JPG

北側入口
DSC04541.JPG

東側入口?
DSC04542.JPG

南側から校舎全体を望む
DSC04543.JPG

〔参考HP〕
伊勢市立大湊小学校ホームページ
「大湊小学校沿革史」


〔参考文献〕
伊勢市   『伊勢市史 第4巻 近代編』   
            
平成24年6月  伊勢市


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厚生小学校 [伊勢の風景]

厚生尋常高等小学校 新築記念 

 厚生高等尋常小学校 落成記念絵はがきを紹介します。

 厚生小学校は、『書経』の一節『正徳利用厚生惟和』から名づけられました。
 明治18年に、中正学校と宋甽学校が合併して厚生学校が創立しました。その後、明治20年に厚生尋常小学校、明治44年に第七尋常小学校、昭和3年に厚生尋常小学校と改称されました。
 昭和6年4月28日に鉄筋校舎が竣工しました。

たとう表
たとうの原寸は縦18.4㎝×横23.6㎝です。
厚生小学校00.jpg

たとう裏
厚生小学校01.jpg

宇治山田市厚生小学校 新築校舎
絵はがきの原寸は縦9㎝×横13.7㎝です。
厚生小学校03.jpg

職員室
厚生小学校04.jpg

理科室

厚生小学校06.jpg

図書室
厚生小学校05.jpg

屋上奉安所
厚生小学校07.jpg

表面
厚生小学校08.jpg

現在の様子
厚生小学校.JPG
平成28年8月28日jyugemu撮影
校舎前の欅の木は健在です。
この校舎は平成7年8月に竣工しました。

〔参考文献〕
宇治山田市役所 『宇治山田市史 下』 
            昭和4年 宇治山田市役所
伊勢市 『伊勢市史』 昭和43年3月 伊勢市役所
〔参考HP〕
厚生小学校 『伊勢市厚生小学校』
         「学校の沿革」 


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ブラタモリ~伊勢編~ [伊勢の風景]

ブラタモリ~伊勢編~ 

 ブラタモリ~伊勢編~を拝見しました。

 この放送の中で、宇治山田駅の架線柱にはホーム増設の痕跡が認められ、内宮への伸長を目指していたのではないかとい
う話がありました。
 吉田初三郎の『参宮急行電鉄御名所図会』には、山田駅(現伊勢市駅)からですが、神社港に向けての計画線が描かれています。
参宮急行電鉄沿線名所図会03.jpg
 現伊勢市駅の架線柱も検討の必要があると思いますが、神社に向けて線路を引くなら宇治山田駅からの方が効率が良いと思います。よって、神社港へ向けて線路を延長する計画の一端である可能性も検討する余地があると思います。
 伊勢にいないので、すぐに確認に行くことができないのが残念です。

閑話休題 資料提供者に八太宿・近代伊勢研究家の飯田良樹さんのお名前が出ていました。同好の士が全国ネットで公表されることはとても嬉しいです。


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