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西行谷 [伊勢の風景]

西行谷

 

  
 平安時代末期の歌人西行が一時住んだと言われる伝説のあるところです。現在は、五十鈴公園の野球場の外側の道路に看板が立っています。なお、西行の庵については、二見の安養山であるという説が有力です。
 西行の作品に『御裳濯河(みもすそがわ)歌合』『宮河(みやがわ)歌合』というものがあります。歌合(うたあわせ)とは歌人を右右2組(今の感覚だと紅白の2組)にわけ、詠んだ歌の優劣を競う遊びです。審判を「判者」といいます。
 この2作品は、自歌合といい、西行自身の歌を掲載したものです。前者の判者は藤原俊成で内宮に奉納されました。(「御裳濯河」は五十鈴川のことです)後者の判者は藤原定家で、外宮に奉納されました。

西行谷
西行谷.jpg
スタンプには「明治41年1月?日 伊勢内宮参拝記念」とあります。
画像をクリックするとほぼ原寸大に拡大します。

現在の様子 
以下の写真は平成22年3月31日jyugemu撮影
画像をクリックすると拡大します。
DSC00556.JPG

看板
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DSC00555.JPG
野球場外野フェンスのポールの先には、ボールがかぶせてありました。
当日は桜が咲いていました。その写真を紹介します。

西行谷看板近くの山桜

DSC00558.JPG

DSC00559.JPG

西行の花(桜)の歌といえば

 願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ

を思い出します。他にも多くの花の歌を詠んでいるそうです。

五十鈴川公園の染井吉野
DSC00561.JPG

参考文献
伊勢市商工会議所・伊勢文化舎
改訂版 検定 お伊勢さん 公式テキストブック』
                      平成22年2月

 


タグ:伊勢 西行谷
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コメント 2

京男

おはようございます。
西行谷というのがあるのね。
ある程度年齢が進むと西行の実力が身にしみてわかります。
中高生の時はわからなかった。
by 京男 (2010-04-18 04:48) 

jyugemu

偉い人はあちこちに遺跡がありますよね。
それ相応の年齢になると分かる事ってありますよね。
私はその年齢になっても分からないことが多いですが(^_^;)

by jyugemu (2010-04-18 08:27) 

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