So-net無料ブログ作成

古市散策2 [平成の伊勢]

古市散策2 倭町から大林寺

関係ページ   (小田橋~倭町)
          (桜木地蔵さん・猿田彦さんの大祓)
          (牛谷坂~参宮資料館)


 平成19年12月30日・平成20年1月1日の2日にわたって、伊勢市立伊勢古市参宮資料館発行の『古市参宮街道てくてくまっぷ』を片手に、古市街道を歩いてきました。その様子を紹介したいと思います。

千束屋

 
左側駐車場の辺りが千束屋跡です。千束屋はもと、妓楼でした。『東海道中膝栗毛』の弥次・喜多もここで遊びました。『膝栗毛 第五編追加』では「千束亭」とでてきます。喜多さんは、部屋の襖や欄間だけでなく、使用する調度全てが鼓の絵が描いてあったという「鼓の間」を勘違いして、「太鼓の間とやらは何屋にあります」と藤屋の亭主に聞きます。亭主は「たいこじやおません。鼓の間のことかいな。ソリヤ千束でおますがな。」と訂正をします。しかし、弥次さんは、千束屋でも「太鼓の間」と言ってしまいます。
 千束屋は、文化5年(1808年)、歌舞伎貸衣装屋に転業しました。また、文化2年(1805年)には、当主の理登が寄付金を出し、牛谷坂の改修工事が行われました。市営テニスコート入口交差点付近から小田橋に向かって撮った写真です。

備前屋・杉本屋


  写真左端フェンスの所に、「備前屋跡」の石碑が建っています。備前屋・杉本屋ともに妓楼でした。杉本屋は石碑など建っていませんが、『てくてくマップ』によると、備前屋の北隣(写真奧)にあったようです。この写真は、古市から小田橋方面に向かって撮った写真です。なお、野村可通さんの『伊勢古市考』所載の地図には、杉本屋が南側、備前屋が北側となっています。

備前屋跡石碑

  
石碑の文章「古市には天明年間(1781~1788)頃妓楼は七十軒余あったと言われる この備前屋は牛車楼ともよばれ古市著名妓楼のひとつであった 平成元年三月 伊勢市教育委員会」

口の芝居跡



 
古市には、浄瑠璃の座を含め三軒の芝居小屋がありましたが、近世後期に一貫して歌舞伎興行を続けたのが、口の芝居(古市芝居)と奧の芝居の二座です。古市郵便局から少し坂を下ったところに「古市芝居跡」の石碑が建っています。古市バス停(浦田方面)附近から古市郵便局に向かって撮した写真です。写真右青の自販機の奧に石碑が建っています。

油屋

 古市街道と近鉄線が交差するところに油屋騒動でも有名な油屋がありました。
 詳しくはこちらをご覧下さい。 油屋旅館1

大林寺

 
油屋跡の中華料理屋さんから古市郵便局の方向へ、約40メートルの所の路地を入ると大林寺の入口が見えてきます。
本堂

 ここは、油屋騒動のお紺と孫福斎の比翼塚があります。これにつきましては、私のブログ「油屋旅館1」にSUKUNさんがコメントを下さいました。どうも有り難うございました。また、歌舞伎『伊勢音頭恋寝刃』「伊勢古市油屋店先の場」でも、「大林寺の裏門で待ち合わせる」といったセリフが出てきます。
比翼塚

本堂に向かって左側にあります。写真右端に少し写っているのが本堂です。左がお紺、右が孫福斎の塚です。

参考文献
伊勢市立伊勢古市参宮資料館発行 『古市参宮街道てくてくまっぷ』
                               発行年月日不明
宇治山田市     『宇治山田市史』上・
下  昭和4年
伊勢市        『伊勢市史』     昭和43年3月
伊勢市商工会議所・伊勢文化舎
             『検定 お伊勢さん 公式テキストブック』
                         平成18年4月
麻生磯路校注   『東海道中膝栗毛』 昭和33年5月 岩波書店
ZENRIN      『ゼンリン住宅地図200408 MIE伊勢市』 
                株式会社ゼンリン      2004年8月


タグ:伊勢 古市
nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0