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虎尾山13 (記念碑の建設年代) [虎尾山]

虎尾山
明治聖代戦役記念碑の建設年代について

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 吉田初三郎の作品に『伊勢参宮御名所図絵』があります。発行は昭和5年1月です。表紙には御師と思われる人物(男性)が二人描かれています(19㎝×23.1㎝)。図は宮川から内宮までの描かれています。虎尾山については、「虎尾山」と書き込みがあり、明治聖代戦役記念碑・周囲の広場(公園か?)・五二会館(ホテルか?)も丁寧に書かれています。(図の大きさ18.4㎝×53.5㎝)
 表紙


『伊勢御参宮名所図絵』(一部)

 虎尾山付近拡大 
 裏面には「伊勢参宮遊覧案内」と題し、伊勢の交通・宿泊・名所旧跡案内が書かれています。虎尾山については、「外宮並に其の附近」というタイトルで下記のように紹介されています。(旧漢字はjyugemuが改めました。)

▲虎尾山記念碑 文庫址から街道へ出て一二町すると、右へ、真言宗の古刹、聖武天皇の勅願所世義寺(毎年七月の大護摩修行で名高い)へ行く道がありますが、是れは割愛して、勢多川に架した一橋を渡れば、まもなく五二会ホテルがあり、茲から虎尾山へと登ります。「明治聖代戦役記念碑」は其の山嶺にあるもので、昭和三年四月竣工、塔身三六尺、その上に金光燦たる六尺五寸の大金鵄像を据えたもの、題字は東郷元帥、しかも四方一帯は翠屏に囲繞せられ、全面は一眸の山田ヶ原で、遙るかに伊勢大湾を距てゝ知多、渥美の雲山を望むなど、風光の壮麗、当市第一といはれてゐます。
 文中の「文庫址」とは「豊宮崎文庫」のことです。「勢多川」は現在の「勢田川」のことだと思います。
 記念碑については、宇治山田市発行の『宇治山田市史』付録に次のような記事が載っていました。 
 同年四月三日、尾上町虎尾山に建設した明治聖代戦役記念碑の除幕式があった。                                                       附近遊園地面積二千七百余坪、記念碑の構造は赤目花崗岩及び鉄筋コンクリート造り、青銅製の金鵄像を頂き塔身上部四尺、下部六尺、台座方二十四尺、総高三十六尺ある。
 同年とは昭和3年のことです。なお、なぁー↓さんがすでにご指摘の(ブログ『星待月夜』「砲台山について図書館で調べてみましたをご覧下さい。)、『伊勢市史』の巻末の年表には「昭和3年9月に記念碑建設」と記入されています。発行者の違う『宇治山田市史』『伊勢参宮御名所図絵』ともに記念碑の建設が昭和3年4月となっていますので、『名所図絵』が『宇治山田市史』を参照して作製されていなければ、『伊勢市史』の年表の誤植が疑われます(私が参照した本には正誤表は見あたりませんでした)。現在編纂されている新しい市史での研究に期待をしたいと思います。

参考文献  
宇治山田市   『宇治山田市史』下        昭和4年   
吉田初三郎   『伊勢参宮御名所図絵』  昭和5年   
伊勢市      『伊勢市史』         昭和43年     


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